何かのなにか

 「首をくくるのですか。首をみくびってはなりません。」
 「はあ。」
 「そんなことはお止めなさい。」
 「いいではありませんか。ここで私が死んだからといって、あなたはただ通り過ぎ、ここでは何も起こらなかった、と貴方はお思い下さい。」
 「僕はここで貴方が死のうと、別段問題はありません。始めに言ったように、問題は首なのです。」
 「私の首がどうかいたしましたでしょうか。」
 「その通りです。問題はその首です。」
 「はあ。」
 その女は私の思うことを理解しない。その首を見たことがないのだろうか。いや見たことがないのだろう。己の首など、好んで見ることはない。己の体を見るときは大抵、鏡を使う。しかし、女が鏡を見るとき、首を見ることなど早々あるだろうか。顔は見るのだろう。外から見るとき大方の人はその人の顔を気にするからだろう。だが、下に映る首、首にわざわざ目を向けることはない。男ならば、男ならば成長の証としての喉仏を見ることがあるだろう。しかし女は、女は見ない。だから気がつかないのか。そう思い、私はその女に首を、首にあるそれを、教えることにする。
 「貴方の首には痕がついているのです。」
 「私が首を吊るのを止めようと、首だの何だのと言っているのですか。私はもう死ぬことにしたのです。貴方に止められる事ではありません。」
 なんと、噛み合わない会話だろうか。彼女は私の言いたいことの三千分の一も理解していない。しかし私は言わぬ訳にはいかない。
 「いや、貴方が死のうと、生きようと、それはどうでもいいのです。ただ私は首を吊るのはおやめなさい、と言っているだけです。」
 「私が生ようと死のうとがどうでも良いと、今初めてあった貴方に言われる筋合いはありません。」
 「私の話の要点はそこではありません。首吊りが良くないとそういっているのです。」
 「首吊りが嫌いでそう言われるのですか。では何処かへお行きになれば良いではありませんか。」
 「ですから、その首です。問題点は首吊りではなく、あなたの首なのです。」
 「私の首に何かついているというのですか。」
 ようやく、女も話を介し始めたようだ。始めからそういっているのだから、それ以外にないだろう。まあいい。女もわかったのだからよいのだ。
 「そのほくろです。そのほくろがよくないのです。そのほくろが首吊りならば潰れるてしまう。そうなってはならない、と私は先ほどからいっているのです。」
 「私のほくろなどどうでもいいではありませんか。もうそのような話には付き合いきれません。」
 私の話を理解せずに、女は首を吊る。吊る。吊る。吊る。ほくろが赤く染まっていくというのに。星が落ちる。